なぜ、あなたの会社の管理職は「否定する習慣」を手放せないのか?
上司、部下間にはびこる無自覚、無意識の否定
目指すは双方向のコンテクトを下げ、会話のスピードを落とすこと⁉
昨今の働く現場では『承認』、『褒める』ことが、上司、部下の関係性をよりよくする重要な方法として知られるようになってきました。それ以上に人間関係を築く上で、もっと効果的な方法があります。それが、『否定しない』というスキルです。けれど、まだまだ、部下の意見を否定してしまう上司は多く存在しています。心理的に安心、安全な職場、組織づくりのために、管理職はマインドセット、スキルセットをどうすればいいのでしょう。シリーズラストの3回目は『否定する習慣』をテーマに、今回も、エグゼグティブ・コーチの草分け的存在であり、多くの企業のリーダー育成に携る林健太郎氏にお話を伺っていきます。
目次
講演者
■ゲストスピーカー
林 健太郎 氏
合同会社ナンバーツー エグゼクティブコーチ。一般社団法人国際コーチ連盟日本支部(当時)創設者。 1973年、東京都生まれ。バンダイ、NTTコミュニケーションズなどに勤務後、日本におけるエグゼクティブ・コーチングの草分け的存在であるアンソニー・クルカス氏との出会いを契機に、プロコーチを目指して海外修行に出る。帰国後、2010年にコーチとして独立。
日本を代表する大手企業や外資系企業、ベンチャー企業や家族経営の会社まで、のべ500人を超える経営者やビジネスリーダーの育成に携わる。
著書に『できる上司は会話が9割』、『優れたリーダーは、なぜ傾聴力を磨くのか』、『否定しない習慣』がある。
■モデレーター
畑 俊彰
株式会社インヴィニオクロス 代表取締役 兼 株式会社インヴィニオ プロデューサー
2004年に株式会社ベンチャー・リンク入社。2009年日本郵便株式会社に転職。
同社にて、組織風土改革、異業種他社との共創PJの推進etc、多数の組織横断プロジェクトを牽引。
2018年株式会社インヴィニオに転職。企業の組織変革・リーダー育成に携わる。2021年3月より現職。
直接的なコミュニケーションしか知らないリーダーが多い!?
畑俊彰:(以下、畑)まず、最初に林コーチの著書『否定しない習慣』で 「企業の現場に限らず、日常的に無自覚、無意識の否定というのがはびこっている」と書かれていたのですが、そのあたりの解説からお願いできますか?
林 健太郎氏:(以下、林)無自覚、無意識の否定って、世間一般的に結構いっぱい起きていると思うんですね。特に上司と部下の間では頻繁で、部下の成長につなげるために、否定的な言葉を発したり態度を示したりするネガティブ・フィードバックが多い。それが、必ずしも善意として伝わらずに全否定された、人格否定された、攻撃されたと感じる相関関係が起きているといったことを書かせていただきましたね。
畑:否定と感じられる態度、行動、言動には、どんなものがありますか?
林:例えば、部下に「将来的にこんな仕事をやってみたい」とキャリアプランを相談されたとします。実際は「今のスキルじゃ無理じゃないの」と思っても、「ちょっと今のスキルだと、なかなかその道は難しんじゃないかな」、と少々、気をつかって伝えたとしますよね。それでも「ノーと言われた」、「能力がないと言われた」と、否定として捉えられることが普通にありえる。
畑:上司は否定しないように言ったつもりでも、部下にはそう受けとられないケースが多々あるということですね。
林:そうです。昔は真っ向あからさまな否定は多かったと思うんですけど、今のリーダーの皆さんは言葉に気をつけていらっしゃるのでね…。
畑:昔のような返しをしてしまうとハラスメントみたいになるので、かなり気をつかってますよね。
林:ビジネスのスピードや環境を考えれば、間違っているものは間違っている、良くないものは良くないと伝えなければならない。こうして欲しいという成果重視でいけば、管理職は耳の痛いことも伝えなければならないポジションである。どう伝えるかの課題はあるにしろ、部下が何をどう受けとめるかは様々なので、否定としてとられる可能性があります。
畑:なぜ、管理職の皆さんも丁寧に、気をつかいながらコミュニケーションをとっているのに、メンバーからは否定されたと思われることが起こっちゃうんですかね?
林:管理職側が、会話の仕方を知らないというのが一つありますよね。うまく伝える必要がある、フィードバックしなければいけない、指導しなければいけない、といったことが優先されているんです。業務遂行のためには、道筋を示すことや間違わないための直接的なコミュニケーションが増えていきますよね。この方法しか知らないリーダーが多いんです。
任せとけタイプはチョロイ上司となりがち?復唱こそが部下との関係性を高める
畑:直接的なコミュニケーションとは具体的にどんなイメージですか?
林:動画を用意したので見てみましょうか?
畑:ありがちな会話ですよね。上司は、彼女と先輩の間をとり持とうとして、このような対応をしたと思いました。
林:解決に向かうための手早い会話ですよね。時間をかけずに、威厳を保ちながら「こうしなよ」っていう会話。多くのリーダーが行っている方法です。うまくいっている会話のようにも見えますが、何も解決されていないですよね。彼女にとって後味の悪い終わり方で、完全否定されたまでではないけど、否定されているのに近い。「あなたが空気を読んでやればいい話でしょう」という解決策になってしまっています。
畑:彼女の表情をみると「もう相談するのは止めよう」という感じの着地になっていますね。
林:そうですね。でも、この展開は分かるけど、どうしていいか分からない、策がないという方も結構いるんじゃないかな。
この部下の勤務態度とか能力などに問題があった場合は、彼女を正すべきなのかもしれません。でも、エンゲージメントや高いモチベーションで働くチームとして考えたリーダーシップなら、逆効果になっている可能性が高いですよね。
畑:今の結果や着地をより良くするためには、どうすればいいですか?
林:逆に、部下の方から積極的にアイデアがでたり、課題を見つけてアドバイスを求めるなど、会話の役割を変えていく。今だと上司側が押しつけてる、押し切っている感じですが、質問に対して情報を提供するような形にできるといいですよね。そこに「コーチングを使え」とよく言っているんです。復唱するだけで変わっていきます。同じシナリオでコーチングっぽくしたらどうなるかの、アフター版もあるので見てみましょうか。
畑:非常に差が分かりやすいですね。
林:復唱しているだけですが、会話の並びが変わっていくので、より相手が話すことにフォーカスが移っています。
畑:他に着地が変わるポイントはありますか?
林:静かに答えを待っているということですね。詰め寄らないということです。アフターの方では、間合いを空けていくことと復唱することで会話のスピードを落としている。単純に答えを与えることではない会話になっています。こういう会話もできるようになるといいですね。話を聴いてくれた、言いたいことを言わせてくれた、アイデアが生まれた、チャレンジさせてくれている、という感情、思考が部下のなかに生まれて、後味もいいはずです。
畑:「こういう会話も」と強調されたのは、これだけじゃだめだということですか?
林:そうですね!しばらく前までは、こういうコーチングっぽい会話を中心に組織運営しましょうという風潮がありましたが、急ぐタイミング、ダメなことはダメという厳しさもなくてはいけない。振り子だったらバランスを意識したリーダーシップをとった方がチーム運営はうまくいきます。
畑:使い分けが大事なポイントですか?
林:そうですね。やる気を高めたい、話を聴いていくことで解決が図れそうだと考えた場合は、こういう会話もできなければいけない。子育てとかと一緒ですね。子どもが危ない状況に陥りそうなときは、直接的に止めますよね。危機が迫っていないとき、一緒に考える余裕があるとき、継続して考えてみたいというときには、こういう会話もできなければいけません。
畑:そこは、大事なポイントですよね。コーチング的というか、引きだすのが大事なんだという風潮はいき過ぎているような感じもしますよね。
林:ちょっと、振りきり過ぎていて、逆効果と感じるときがあります。緊急性以外でもスピードを意識したコミュニケーションを使い分けるシチュエーションの例としては、デリゲーション(権限委譲)みたいな話。それから、倫理的な問題、課題の是正の際に、こういった手法は必要です。例えば、洋服店で昨日入ったばかりで経験値がないアルバイトスタッフに、「お店の陳列方法について相談したい」とは言わないですよね。「この写真の通りに並べておいてね」と指示したほうが早い。でも、仕事を任せていきたいとしたら、コーチング的なコミュニケーションが必要になります。
畑:相手の方の経験値みたいなものも影響してくるんですね。
林:そうですね。もう一つ別のパターンの動画を用意しています。部下が解決できない課題を上司は自ら解決策を考え実行すると言ってしまう内容で、『上司を利用する部下』のような側面もテーマになっているものです。
畑:これは何が起きていたと解釈すればいいですか?
林:部下から「分からない。できない。問題があるけど進めない」みたいなことを語られると、上司は「大丈夫。そこから先は自分がやっておくから」と、引きとりたくなってしまうんですよね。私はこれを『チョロイ上司問題』と呼んでいます(笑)。部下からすると「分かりません。できません」と言っておけばいい、あとは上司が引きとってくれるからってことになっていませんか。
畑:よかれと思って引きとってしまう上司がいるということですか?
林:かっこいいと思っているパターンですね。典型的なヒーロータイプのリーダー像、「よし分かった、任せとけ!」って感じになる。部下側からすれば「しめしめ、いつものパターンだな」と…。「自分は終電まで仕事をしても終わらないのに、部下は定時に帰る」という方は、たぶんこのパターンじゃないですかね。このアフターも見てみましょうか。
畑:だいぶ、着地が変わりましたね。
林:話の作りが変わってきていますよね。できていないと真向から否定しなくても、状況は語られている。その中でアイデアが紡がれるということが起きています。こういう会話のデザインができるといいと思います。
畑:こういうフラットなコミュニケーションをするために、管理職の方が持つべき意識はどんなことでしょうか?
林:これを30分、1時間やれということではなくて、この会話を挟みましょうということです。最終的に上司が指示や命令をしたとしても、部下にとしては話ができてアイデアも投げ入れられた、自分も参加できた、という経験になります。逆だと、何も聴かないうちから判断して指示され、否定されたという印象になります。些細な会話が積み上がっていると、モチベーションやエンゲージメントの高さが変わってくるんです。ここぞというときに協力してくれるチームなるかならないかは、管理職の皆さんの話し方次第。だから日常の会話に気をつかっていくことは、すごく重要ですね。
完璧を目指ざさなくても、理解が深まる会話が大事
畑:前回もお話しにありましたが、1on1の場だけでなく日常会話が少し変わるだけで、関係性がすごく変わっていくかもしれないですね。
林:はい。1on1のクォリティーも、上がってきますね。これが日常会話になれば、「今日は時間があるから、この前のテーマでゆっくり話そうよ」という1on1の場がつくれます。全ての会話をコーチング的にしようと思うと、うまくいかないんじゃないかな。
畑:今の動画のシチュエーションでもメンバーの女性が話し切った感がありましたが、そこが大事なんですね。
林:上司が口を挟まなければ、2~3分で語りたいことは語りきれるんですよ。ちょいちょい口を挟むから、部下は言い終われないし、話が一からでなおしになる。主張の情報量、分量はたいして多くないんですよ。途中で止められるから「なんだっけ」となって、スタートに戻ってしまうんですね。
畑:話しきった感を部下側に持たせられるかが大事なポイントですね。
林:これを知らない人が多い。部下も当然、知らないからこの手法を使ったときに「何が起きたんだ?」ということが瞬間風速的に起きて、心理的な安全性が壊れます。でも、また続けると「言わせてくれるんだ」という認識ができて、二人の関係性が新しく構築される。そして、そこから、またスムーズな会話が生まれます。
畑:林コーチが企業の管理職のトレーニングに入る場合、どういうスタイルで関わっているのか、支援事例を教えていただけますか?
林:この動画自体が一つの支援事例で、アフタヌーンティーなどを展開されている(株)サザビーリーグの皆さんと一緒に開発したものです。スタッフがよりモチベーションを高く、やる気を感じながら、コミュニケーションよく働くということが、最終的に顧客満足度につながる。といった考えのもと、日常会話が変わっていかないと大きなシフトはできないということで、全社的なコーチング研修導入のご依頼をいただきました。なかでも、店舗と本部の皆さんのコミュニケーションは特に重要だと考え、見ていただいた動画は全店舗に浸透させていくために作ったものです。効果としては、現在のエンゲージメントもだいぶ上がっていて、自身のリーダーとしての行動が変わったと感じている方が約9割。そのうちの半数が周りに変化が見られるとおっしゃっています。
畑:本を読んだり研修でスキルだけを学ぶより、圧倒的に動画の方が理解しやすいですね。
林:はい。ただ、動画のように「復唱するだけでいいんだ」と簡単そうに思われがちですが、実際、使ってみると逆に復唱の難しさを実感するケースが多いんですよ。忙しい現場のなかで「あっ復唱しないと…」といった啓発がなされて、様々な場面で使われて、いろんな事例が発生してきて、ようやくポピュラーになる。なので、時間はかかるかもしれないですね。スキル自体の習得は一瞬でそんなに難しくないのですが、それを日常的に使えるかが課題になるかもしれません。
畑:現場で使える、使えないという感覚を持ち寄ってもらうのは、とても意味のあるプロセスですね。
林:『否定しない習慣』に書いた手法からいくつかお話しすると、『YES・BUT』は止めましょうと言っています。「分かるよ、でもね」という言い方は、話だした瞬間から相手を真向否定しています。最近は『YES・AND』がもてはやされていますが、それもあまりうまくいかない。「分かるよ、だとしたらさ」と言ったら、否定の準備になるんですよね。この本だと「YES+エモーション」を提案していいます。「そういうことを考えていたんだ。すごく共感できる気がする」と話しはじめるんです。もし共感できなかったら、「そういことがあったのね」と言えばいい。もし、間違っている場合は語尾に「~かもしれない」とつけて緩衝材にすることを推奨しています。
畑:ちょっとしたことなんですね。
林:そうですね。お笑い芸人のぺコパさんは「~かもしれない」という話法をうまく使っていますよ。例えば、「おまえはバカなのか!と、言った上司の方がバカなのかもしれない」(笑)など…。発言する前に「こいつ全然言ったことをやらないな。バカなのかもしれない。でも指示が悪かったのかもしれない」などと考えてみれば、否定せずにすむかもしれませんよね。
畑:現場の皆さんが使ってみて、事例を積み重ねるのも大事かもしれないですね。では、最後にチャットにいただいたなかからで、「管理職の方々の意識を変えるヒントは?」という質問にお答えいただけますか。
林:リーダーは「伝えたいことと、相手に伝わることは異なる」と、理解していただくといいかもしれませんね。発したいメッセージが、ちゃんと受けとられていないケースは多い。だから、背景にある意図をどういう風にパッケージにすると、相手に伝わるのかを研究しておく必要もあると思います。例えば、「今、言ったことはどう伝わっている?教えてくれる?」と、フィードバックを求めるのも一つの手ですよね。完璧な会話を目指すリーダーが多いのですが、双方向でコンテクトを下げて、一言で終わらせたいところを、二言、三言に分割して会話のスピードを落としていけばいいんじゃないですか。
畑:なるほど。今日は、シリーズのラストになりますが、3回にわたって具体に踏み込んだ貴重なお話をいただき、ありがとうございました!
※本記事は、2023年2月27日に開催された株式会社インヴィニオ主催のオンラインセミナー、3回シリーズのラスト「なぜ、あなたの会社の管理職は『否定する習慣』を手放せないのか?」の内容をもとに再構成しました。
弊社「株式会社インヴィニオクロス」は、人や組織が持つ「感情」や「内発的動機」に着目し、多彩なバックグラウンドを持ったコーチ&ファシリテーター陣とともに、人や組織の変革プロセス&組織の拡大に伴い必ずk組織の諸問題の解消に伴走しています。クライアント企業は、大企業~成長プロセスにあるスタートアップ企業まで様々です。
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